2019
2
Oct

礼文島での日々

♯16 札幌から礼文島に移住して半年が経ちましたーーーーー!!!

僕が礼文島に来たのは2019年の4月。




当時は北海道の札幌市で看護師をしていた僕が、次に職場に選んだのは日本最北の離島、礼文島だった。


札幌を出る前の僕。

期待と不安が半分半分だった。



「ひさみつは意外と田舎の方が性に合ってるかもよ?」

そんなことを言われて少しだけ安心したことを覚えている。



札幌市の人口は約200万人

礼文島の人口は2500人。




人口だけ見ても桁が違う。



何もかもが未知の世界に足を踏み入れた。









礼文島に来てからの生活は驚くことばかりだった。



稚魚の放流のお手伝いをしたり、






上司から採れたてのウニをおすそ分けしてもらったり




仲良くなった漁師さんからイカをもらったり





靴屋も服屋もチェーン店もなく、コンビニはセイコーマートが一つだけ。映画館もバッティングセンターもショッピングモールもないし、遊園地も水族館もない。JRも走っていないし、飛行場だってない。



ないものをあげたらきりがないから、あるものを言おう。


フェリーターミナル。個人でやっている居酒屋、漁業組合、個人でやってる商店、郵便局、ガソリンスタンド、民宿、床屋、ホテル、バス、タクシー、温泉、レンタカー、レンタルバイク、レンタルサイクル、診療所、歯医者、老人ホーム、小学校、中学校、高校、植物園、スナック、喫茶店、公園、本屋、、、


海、湖、浜風、ウニ、ほっけ、イカ、タコ、、、(もう苦しい)

・・・人。地面。。。空気。。。


・・・・・


・・・・・・・・・すいませんもうないです笑(本当にない)







意外だったのは、Amazonなどの通販は時間がかかるけどちゃんと届くこと。




逆に困ったのはやっぱり食べ物などの物流で、


強風でフェリーが欠航すればコンビニの棚はガラガラになってしまったり

欲しい食材が欲しい時に手に入らなかったり、

少年ジャンプが水曜日に店頭にならんだり。


あとはガソリンが高い。

1リットル178円とかする。




漁師はいても農家はいないので、島に届く野菜は本土から海を超えてやってくる。届く頃にはシワシワになってるものも多い。



苦しそうな大根





風が強くて冬も雪がほとんど積もらない。だけど気温は低い。

そんな過酷な環境から、本来なら標高2000m級の山々にしか自生しないような高山植物を、数百メートルの場所でみることができる。




あまりに強風すぎて

木が(ほとんど)生えていません。

風によくなびく笹ばかりです。











そんな礼文島は太古の昔、海底の隆起により発生しました。

地蔵岩の地層から、およそ1億3000万年前は海底にあったことがわかっています。





そして今から4,000年前。

エジプトでは巨大なピラミッドが作られていた頃、日本では「縄文時代」を迎えていました。島内各地に残る遺跡から、縄文人が礼文島にも住んでいたことがわかっています。






礼文島ではニシンやホッケなどの豊富な海産物に加え、アザラシなどの野生動物も生息していたため、彼らはそれを主な食料としていたそうです。






北海道はアイヌ文化という、本州と異なる歴史をたどっていますが、礼文島はオホーツク文化といって、主にアザラシやトドを捕獲したりする、一般的なアイヌ文化ともことなる独自の文化を作り上げてきました。どちらかというとサハリンや樺太からの文化を受け継ぐことが多かったそうです。




明治時代に入り近代化の流れには逆らえず、多くの倭人が開拓に乗り込み、そこから現在の礼文島の歴史が始まります。




もともと移民が築き上げてきた文化や空気があり、

そのため外からきた人間に対して非常に優しい人柄の方が多いです。




すれ違った時に島民同士で普通に挨拶をします。


僕「おはようございます」

👴「はいおはよう」

僕「今日は天気がいいですね」

👴「そうだねぇ」



こんな会話が、朝の職場に行く前や、お昼のコンビニの前などで、普通に行われている。





居酒屋や商店に行っても、個人でやっているお店ばかりだから、みんな僕の顔を覚えてくれた。


👴「案内所のお兄さんだべぇ!!今日はいいホッケが採れたんだわ!!」

👵「今年の観光客の入りはどうだい??」




普通に居酒屋に入っても、道ですれ違っても。



いろんな人が僕のことを覚えてくれた。挨拶をして笑顔で接してくれた。



それが本当に嬉しかった。




仕事が終わったら日が暮れるまで夕日を眺めたり







その夕日が落ちたら今度は日付が変わるまで星を眺めたりした。








そんな生活をしていたら、体調がめちゃめちゃ良くなった笑





職場の人たちにも、島の人たちにもめちゃめちゃ良くして貰えて、楽しく過ごすことができた。















だから僕は、自分の力でこの島に何かを返せないかと考えた。






そして考えたのが、礼文島の笑顔を撮るということ。



礼文島に暮らす人たちや、礼文島に来てくれた人たちの笑顔を撮って、本人にプレセントしよう。




そんな風に思った。







礼文島にきて半年。



ひさみつは元気に礼文島で生きています!!

今後ともよろしくお願いします^^

 
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